from 成澤将士
今から20年ほど前、僕が板前修業をしていた頃の話。
当時僕は、包丁を持ったこともない、料理の知識も家庭科レベルのド素人で入社した。
なので当然、お客さんに出せるような料理も作れなかったし、作る許可も親方からもらえなかった。
だから、買い出しや仕込み、調理アシスタントや洗い物、発注や掃除、まかない作りなどなど、俗にいう「追いまわし」と呼ばれる駆け出しとしての修業の日々だった。
半年ほど経ったある日の営業、お客さんから揚げ物の注文が入った。
「将士、お前これ作ってみろ」唐突に親方にそう言われた。
その時の心臓の高鳴りや急にかきはじめた嫌な汗は、今でもハッキリ覚えている。
これで合ってるよな?
恐る恐る作った料理を親方に見てもらう。
というか、親方はずっと僕の隣で腕組みをして全て見ていた。
「うん、いいな」
「よし、お前明日から揚げ場(揚げ物のポジション)入れ」
そう言ってもらえた時は凄く嬉しかったし安堵した。
でも、それと同時に僕はこうも思った。
「こんな出来ない自分がお客さんからお金を貰って良いのか?」
「本当に自分にこの値段を貰う価値があるのか?」
「僕が作った料理が店の格を決めてしまう」
それはそれは凄い恐怖感に襲われた。
多分これが初めて感じた「プロとしてお金をもらうことの怖さ」だった。
それから僕は今まで以上に技術の習得に積極的になったし、先輩や親方の料理を盗もうと目を光らせるようになった。
なぜこんな昔話をしようと思ったか?
それは、駆け出しのライターあるあるの「価格の提示が苦手」というものについて、1つの答えがこの昔話にあるんじゃないかと思ったから。
僕もこの仕事を始めて最初の頃は、クライアント候補と商談が円滑に進んでいても、「いくらで書いてくれますか?」と言われると、すんなり金額が言えなくて困ったことが何度もある。
いくらが適正価格なのか分からないし、高いと思われて断れたらどうしようって恐怖心もあった。
どうしたら良いのか分からなくて、色んな人に聞いてみたけど、
・営業トークを学んだ方がいい
・価格表を用意した方がいい
・予算を聞いてみればいい
・自分の時給を決めて、かかる時間から逆算すればいい
・欲しい金額を言えばいい
とか、だいたいこんな答えだった。
どれも1つの解決法だとは思う。
あらかじめ定価を決めておくことも、予算を聞くことも、今でも普通にやっているけど、問題の根本はそこじゃないんだよね。
この問題の根本は、「自分の価値を自分で認められていないこと」
これに尽きると思う。
自分が「自分に価値がある」って思っていれば、その価値に見合った報酬を提示するのは当然だし、予算が合わなくて継続案件の見込みもないとか、経験を積むために低価格でも構わないとかじゃないなら、断れば良いだけの話。
結局、うわべの営業テクニックを学んでも、何かツールを用意しても、ある程度自信がないといつまでたっても価格の提示は怖いまま。
だから、価格の提示が苦手なら、本当に思っている欲しい額を言えないなら、それは自分にその価値を見出せていないのかもしれない。
お金を貰うことは怖い事。
そう思うのは悪い事じゃない。
だから僕は思う。
「自分で自分を認められる力をつける」
これが価格の提示で悩むすべてのライターに贈る答え。
一見遠回りに見えるかもしれないけど、これが一番の近道なんじゃないかな。
あなたはどう思う?